大阪地方裁判所 昭和63年(ワ)760号 判決 1992年3月23日
原告
松井さき子
原告
松井眞悟
原告
古林孝子
右原告ら訴訟代理人弁護士
中田明男
被告
葛城酒類販売株式会社
右代表者代表取締役
井上庄太郎
右訴訟代理人弁護士
五味良雄
主文
一 被告は、原告松井さき子に対し、金三六四万〇四九七円及び内金二七〇万三三二五円に対する昭和六〇年八月三日から支払済みまで年五分の割合による金員を、原告松井眞悟及び同古林孝子それぞれに対し、金一八二万〇二四五円及び内金一三五万一六六二円に対する右同日から支払済みまで年五分の割合による金員を、各支払え。
二 被告は、原告松井さき子に対し、別紙株券目録一記載の株券二五枚を、原告松井眞悟に対し、同目録一記載の株券一三枚を、原告古林孝子に対し、同目録一記載の株券一二枚及び同目録二記載の株券二六五〇枚を、各引き渡せ。
三 原告らのその余の請求をいずれも棄却する。
四 訴訟費用はこれを八分し、その一を被告の負担とし、その余を原告らの負担とする。
五 この判決は第一、二項に限り仮に執行することができる。
事実及び理由
第一請求
一 被告は、原告松井さき子(以下、原告さき子という。)に対し、金三〇八六万〇二五五円及び内金一一七八万五五七三円に対する昭和六〇年七月一日から、内金一五三七万五〇〇〇円に対する同六三年三月八日から、各支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
二 被告は、原告松井眞悟(以下、原告眞悟という。)及び同古林孝子(以下、原告孝子という。)それぞれに対し、金一五四三万〇一二七円及び内金五八九万二七八六円に対する昭和六〇年七月一日から、内金七六八万七五〇〇円に対する同六三年三月八日から支払済みまで年五分の割合による金員を、各支払え。
三 主文第二項と同旨
四 訴訟費用は被告の負担とする。
五 仮執行の宣言
第二事案の概要
本件は、原告らが、亡松井孝治(以下、亡孝治という。)の被告に対する退職金、賞与請求権、預託金返還請求権及び株券の引渡請求権を相続した(原告孝子は、株式につき固有の引渡請求権を主張する。)と主張したのに対し、被告が右請求権の一部を認め、これに対し亡孝治との間で締結した損失補填契約により発生した債権で相殺すると主張して争った事件である。
一 当事者等
1 被告は、昭和三〇年三月一四日、酒類全般の購入及び販売を目的として設立された株式会社である(当事者間に争いがない)。
2 亡古林伊蔵(以下、亡伊蔵という。)は、昭和三〇年以前から酒類の販売業を営んでいたが、被告の設立と同時に入社し、橿原市今井町にあった被告八木支店の支店長となり、同四八年三月五日死亡した(<証拠略>原告さき子本人)。
亡孝治は、亡伊蔵の甥であり、昭和四三年四月、亡伊蔵の後継者として八木支店の支店長代理として入社し、遅くとも同四八年六月一日までには被告の常務取締役営業部長となり、同六〇年七月七日在職中に死亡した(<証拠略>、原告さき子本人)。
原告さき子は亡孝治の妻、原告眞悟は亡孝治の長男、原告孝子は亡孝治の長女であり、亡伊蔵の養女である(証拠略)。
二 被告の企業形態の推移
1 被告は、大和高田市、御所市、五条市、橿原市でそれぞれ酒類販売の免許を有していた個人営業主が集まり各人が出資して設立した会社である。したがって、各営業主は、被告を設立すると同時にそれぞれの営業所を被告の支店とし、その店長となって従来から行っていた営業を継続し、各支店の仕入は、本社からの買掛金として処理し(経理は本社が行う。)、各支店長は、右買掛債務につき本社に対し個人責任を負う反面、各支店の利益は、かなりの部分を支店長個人の収入とすることが認められていた(<証拠略>、被告代表者本人)。
2 昭和三八年一〇月ころ、五条支店長であった小川史郎が被告から独立して株式会社小川商店を設立した。右独立を機に、他の支店においても独立採算性の強化が図られ、それまで本社が行っていた経理を各支店ごとに行うことになり、各支店は、個別に決算書を作成して本社に提出することになった(被告代表者本人)。
3 昭和四八年五月二七日、各支店長と本社責任者との間で、本社の統合機能を強化する方向で話合いがまとまり、各支店は、同月三一日時点での決算を行い、各支店長は、右決算により生じた債務につき被告に対し責任を負うことが確認された(以下、四八年の統合という。<証拠略>、被告代表者本人)。
三 亡孝治及び古林亮三(以下、訴外亮三という。)と被告との金銭関係
1 昭和五〇年二月一〇日、八木支店の本社に対する債務額(昭和四八年五月三一日現在)は金七一八万八八二一円であることが確認され、亡孝治は、被告に対し、右債務につき個人責任を負うことを約した(当事者間に争いがない)。
2 訴外亮三は、亡孝治の実弟で、酒類の販売業を営み、四八年の統合以前から八木支店の顧客であったが、昭和五一年一月手形不渡りを出して倒産し、被告は、これにより訴外亮三に対する不渡手形(右各手形の満期及び額面額は別表のとおり)の額面額合計から既回収分を差し引いた手形金合計金一七三一万七六七八円の損害を蒙った(<証拠略>、被告代表者本人)。
3 亡孝治は、昭和五〇年一月二八日から給料、役員賞与のうちの一部を被告に預託し、その総額は昭和六〇年六月末日までに、元金一八一六万四四九六円及び利息金五五二万五〇二〇円となった(<証拠略>なお、株式配当金からの預託金があったか否かについては後に判断する。)
四 亡孝治死亡後の原告らと被告との交渉
1 原告らは、亡孝治が死亡した後、昭和六〇年八月二日、被告代表者に対し、同人の退職金、賞与金の請求及び被告に預託していた金員の返還を求めて被告代表者と交渉した(原告さき子、被告代表者各本人)。
2 被告は、原告らの右申入れに対し、最終的に昭和六〇年一二月一九日到達の書面により、三1及び2の債権の合計額金三八一万三四六〇円(元本合計金二四五〇万六四九九円、利息金合計金一四四〇万六九六一円)を自働債権として三3の債権と相殺する旨の意思表示をした。
第三争点
一 退職金請求について
1 亡孝治に退職金請求権が認められるか。
(原告の主張)
(1) 昭和六〇年一一月一八日開かれた被告の株主総会において、亡孝治に対し退職金を支給し、その額については取締役会に一任するとの決議があった。
(2) 右株主総会決議にもかかわらず、被告の取締役会は具体的な支給額を決定しない。このような場合には、役員の遺族を救済する意味からも、裁判所が適正な退職金額を算定したうえで被告に対しその支払を命ずるべきである。
(3) 亡孝治に対する適正な退職金額は、同人の被告に対する功労を考慮すれば、金三〇〇〇万円を下らない。
2 被告が1(2)の取締役会決議をしないことは原告らに対する不法行為又は債務不履行となるか。
(原告の主張)
(1) 1(1)の特別決議により、亡孝治は被告に対し、適正な額の退職金の支払を求める請求権を取得した。
(2) 右決議により、被告の取締役会は、具体額を決定すべき義務があるのにこれを怠たり亡孝治の退職金請求権を相続した原告らに各相続分に応じた損害を与えた。
3 被告が、株主総会において亡孝治に対する退職金を支払うとの特別決議をしないことは不法行為又は債務不履行になるか。
(原告の主張)
原告らが亡孝治の退職金の支払を請求しているのであるから、被告には株主総会を開き、亡孝治に対する退職金を支給するか否か、支給するとした場合適正な退職金額はいくらかにつき決議する義務があるにもかかわらずこれを怠り、原告らに2(2)と同一の損害を与えた。
二 賞与金請求について
1 亡孝治に賞与金請求権が認められるか。
(原告の主張)
(1) 被告には、株主総会決議及び取締役会決議がなくても役員に対する賞与を支払う慣行があった。
(2) 昭和六〇年九月、被告の取締役である訴外井上元博が金一〇〇万円の賞与を支給されたことからすると、同期の亡孝治の賞与金額は金七五万円が相当である。
2 被告が、株主総会決議及び取締役会決議をしないことは不法行為又債務不履行になるか。
(原告の主張)
被告には、亡孝治の賞与につき株主総会及び取締役会を開き、適正な賞与金額を支給するとの決議をなす義務があるのにこれを怠り、亡孝治の賞与金請求権を相続した原告らに各相続分に応じた損害を与えた。
三 株券引渡請求について
(原告の主張)
1 亡伊蔵は、昭和四二年四月一五日、被告から亡伊蔵が責任者であった被告八木支店に対する金一三五万円の貸金債権を担保する目的で、被告に対し、被告の株式二七〇〇株(亡伊蔵名義株一二五〇株、古林ミサヲ名義株一〇〇〇株、小川史郎名義株四〇〇株、井上ツネ名義株五〇株)を差し出した。
2 右支店の債務は、遅くとも被告と八木支店間で行われた統合の際の損益清算により消滅した。
3 前記株式の名義は、遺産分割又は遺贈により、昭和六〇年九月一四日の時点では、亡孝治名義株が五〇〇株、原告孝子名義株が二六五〇株となった。
(被告の主張)
被告は、昭和三九年六月ころ、亡伊蔵の持株二七〇〇株を買い上げた。
四 預託金返還請求について
1 亡孝治が被告に預託した金員の総額はいくらか(このうち、給料から預託した金一一〇四万円及び役員賞与から預託した金七一二万四四九六円については争いがない。)。
2 右預託金返還請求権は時効により消滅したか。
五 相殺の自動債権について
1(1) 亡孝治に訴外亮三の被告に対する債務についての損失補填義務は認められるか。
(被告の主張)
<1>Ⅰ 亡孝治は、昭和四八年五月二七日、被告に対し、右時点から当分の間被告が亡孝治の顧客との間で行った取引により蒙った損失を補填する旨を約した。
Ⅱ 亡亮三が引受人となった手形の不渡りにより被告が蒙った損失は、Ⅰで亡孝治が補填を約した損失に含まれる。
<2> <1>が認められないとしても
亡孝治は、昭和五〇年二月一〇日より後に、被告が四八年の統合後において訴外亮三と取引することにより蒙る損失を補填する旨を約した。
<3> <2>が認められないとしても
亡孝治は、訴外亮三の手形が不渡りとなった後、被告に対し、右不渡りにより蒙った被告の損失を補填する旨を約した。
(2) 右損失補填債務の弁済期はいつか。
(3) 右損失補填債務は時効により消滅したか。
(原告の主張)
<1> 仮に、亡孝治に訴外亮三の被告に対する債務を補填する責任があったとしても、右債務の性質は保証であるから、主たる債務(手形債務なら三年、原因債務なら五年)の時効消滅により消滅する。
<2> 亡孝治の債務が保証債務ではないとしても、一〇年の消滅時効が完成している。
(被告の主張)
亡孝治は、生前右損失補填債務を承認していた。
2 亡孝治が、被告に対し責任を負うことにつき争いのない債務(金七一八万八八二一円)の弁済期はいつか。
第四争点に対する判断
一 退職金請求(争点一)につき判断する。
1 争点1及び2について
(証拠略)によると、昭和六〇年一一月二八日、被告の定時株主総会が開かれたことが認められる。しかし、右総会において、亡孝治に対する退職金の支給が決議されたと認めるに足りる証拠はない。
右決議があったとも受け取れる原告さき子及び被告代表者本人の供述は、(証拠略)に照らして措信できない。
したがって、右決議があることを前提とする原告の主張(争点1及び2)は、その余の点につき判断するまでもなく理由がない。
2 争点3について
取締役に対する退職金は、その在職中における職務執行の対価として支給される趣旨を含むときは、商法二六九条にいう報酬に当たるから、同条の決議がなければ、亡孝治は退職金請求権を取得しない。
したがって、争点3の主張は失当である。
二 賞与金請求(争点二)につき判断する。
1 争点1について
取締役に対する賞与は、株主総会において利益の一部を取締役に対する賞与に当てるとの利益処分決議がなされ、取締役会において各取締役に対する具体的配分額を決議することにより支給されるべきものである。
被告にこれと異なる慣行があったと認めるに足りる証拠はない(<証拠略>によると、昭和六〇年度の賞与は、右各決議を経て支給されていることが認められる。)。また、仮にそのような慣行があったとしても、それは法令に違反するものであるから賞与金請求権を発生させる根拠とはならない。
2 争点2について
亡孝治は、1で述べた各決議なくして賞与請求権を取得しない。
したがって、争点2の主張は失当である。
三 株券引渡請求(争点三)につき判断する。
1(1) (証拠略)、原告さき子本人によると、原告の主張1の事実が認められる。
(2) (証拠略)、原告さき子本人、弁論の全趣旨によると、原告の主張2及び3の各事実が認められる。
2 もっとも、(証拠略)(亡伊蔵作成名義部分は真正に成立したものと認められる。)には被告の主張(株式の買上)に沿う記載がある。
しかし、被告代表者は、昭和四二年四月一五日の時点で、亡伊蔵が株式を所有していることを前提とした書面を作成していること(証拠略)、被告は、昭和三九年六月より後になっても亡伊蔵らを株主として扱っていること(<証拠略>及び弁論の全趣旨)等の記載とは明らかに矛盾する事実が認められること、さらに、(証拠略)を作成した当時は、五条支店小川史郎が独立するに際しての利益配分を巡って同支店と被告との交渉が難行していたこと(<証拠略>、原告さき子本人)から考えて、被告代表者と五条支店を除く支店の責任者とが右小川との交渉を有利にする目的で虚偽の事実を記載した書面を作成してもおかしくない状況であったことからすると、(証拠略)の記載は前記認定の妨げとはならない。
3 なお、亡孝治名義の株券については、弁論の全趣旨によると、相続人間で、原告さき子が二五株、原告眞悟が一三株、原告孝子が一二株を相続するとの協議が整った事実が認められる。
四 預託金返還請求(争点四)につき判断する。
1 争点1について
(証拠略)及び弁論の全趣旨によると、亡孝治は、昭和六〇年六月末日の時点で、被告に対し、給料から金一一〇四万円、役員賞与から金七一二万四四九六円を預託したほか、株式配当金から金五四〇万六六五〇円を預託し、右給料からの預託金に対する利息として金三〇五万五一四六円が、役員賞与からの預託金に対する利息として金二四六万九八七四円及び配当金からの預託金からの利息として金一八七万四三四四円が発生していることが認められる(給料からの預託金に対する利息については<証拠略>で認定。役員賞与からの預託金に対する利息については、<証拠略>で被告が自認する利息金から右給料に対する利息金を差し引くことで認定配当金からの預託金に対する利息金については<証拠略>の賞与及び配当の合計利息金から賞与に対する利息金を差し引くことで認定)。
2 争点2について
(証拠略)及び原告さき子本人によると、被告は、昭和六〇年八月三一日、原告さき子に対し、亡孝治が1で認定した金員を預託している事実を承認したことが認められる。右事実によると、被告は、預託金返還請求権のうちすでに時効消滅している部分については、時効援用権の喪失したことにより消滅時効を主張することができず、また、いまだ時効が完成していない部分については債務の承認により時効の進行は中断したものというべきである。
したがって、消滅時効の主張は理由がない。
五 相殺の自働債権(争点五)について判断する。
1 争点1(1)について
(証拠略)、原告さき子及び被告代表者各本人によると、亡孝治は、昭和四八年五月二七日、被告に対し、右時点から当分の間、被告が亡孝治の顧客との間で行った取引により蒙った損失を補填する旨を約したこと、亡孝治は、八木支店時代から実弟である訴外亮三と取引を行っていたこと、四八年の統合以前においても右取引による累計債務額が金一七〇〇万円を超えるほどになっていたこと、亡孝治は統合後における取引についても被告に損失がでた場合には責任を負うことを承認していたこと、訴外亮三が引受人となって手形が不渡りとなったのは昭和五一年一月のことであることが認められる。
右事実によると、亡孝治は、昭和四八年五月二七日の時点で、被告に対し、将来被告が亡亮三と取引することにより蒙る損失を補填する旨を約したこと、訴外亡亮三が引受人となった手形の不渡りにより被告が蒙った損害は右で亡孝治が補填を約した損失に含まれるものと認めるのが相当である。
2 争点1(2)について
前記認定によると、不渡りとなった手形の最終満期日は昭和五一年三月二五日であることが認められるから、1で認定した債務の弁済期は、おそくとも右同日であると認めるのが相当である。
3 争点1(3)について
被告代表者本人によると、亡孝治は、生前、被告に対し、訴外亮三に関する損失補填債務の存在を認め、その半額を免除してくれるよう申し入れていたこと、被告としては右免除の申入れを承諾せず話合いは平行線をたどっていたことが認められる。
右事実によると、亡孝治は、右債務を承認し、これにより時効の進行は中断していたものというべきである。
したがって、消滅時効の主張は理由がない。
4 争点2について
前記認定によると、亡孝治の被告に対する債務の弁済期は、右債務額が最終的に確認された昭和五〇年二月一〇日であると認めるのが相当である。
5 右各事実によると、第二の四2で認定した相殺の意思表示により、亡孝治が被告に対し給料及び役員賞与から預託した金員及びそこから生じた利息(第二の三3記載)についての返還請求権は消滅したものというべきである。
(裁判長裁判官 蒲原範明 裁判官 野々上友之 裁判官 長谷部幸弥)